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連載4:身体が、知らず知らず育つ場
連載:身体と道具の、あいだに。木の岐編

ある知人が、まだ小さな子どもに陶器の器を使わせているという話をしてくれた。最初は割るかもしれないと心配されたが、子どもはすぐに「そっと置く」「丁寧に扱う」ことを身につけていったという。これは、“壊れるかもしれない”という緊張感を通して、子どもが身体の感覚を育んだ例だ。
私は工芸を教える立場として、長年、素材や道具を扱う授業に関わってきた。染色の作業も、手で刷毛を扱い、染料を引き、布を洗うといった、身体全体を使う営みだ。教室では道具の扱い方だけでなく、学生たちは道具の扱いだけでなく、いつの間にか“身体の使い方”を試され、学んでいく。
工芸は、美しいものを作るための技術だけではない。技法を通して、無意識のうちに身体の感覚を養っていく装置でもある。たとえば、重い器をそっと扱うこと、濡れた布を力加減を見ながら絞ること、細かな道具を手元で調整すること。これらの動作は、生活の中で自然に身につく“身体技法”でもある。
ところが現代では、こうした動作を必要としない生活道具が増えている。軽くて壊れにくいものは便利だけれど、それゆえに身体へのフィードバックも少ない。無意識のうちに身体を育てる環境が、少しずつ失われつつある。
だからこそ今、あえて“扱いにくさ”や“壊れやすさ”を含んだものと共に暮らすことに、意味があるのではないかと思う。それは、子どもたちに限った話ではない。丁寧に向き合わなければ付き合えない道具や素材は、知らず知らずのうちに、私たちの身体を育ててくれている。