Information
連載1:手の延長にある、道具
連載:身体と道具の、あいだに。木の岐編

のこぎりで木を切るとき、腕だけで動かそうとすると、最初はどうしてもうまくいかない。けれど、身体の重心を前後に移動させて引くと、不思議とスムーズに切れる。そんな「身体と道具が一緒に働く」感覚に気づいたのは、染色と向き合っていたときのことだった。染色に携わる中で、自然と身体技法をはじめ、道具と身体の関わりにも意識が広がっていった。
現代の道具は、誰が使っても“そこそこ”に使えるように設計された、量産された均一なものでもある。身体にぴったり合うとは限らず、使い手の特性に合わせて調整する余地が少ない。かつての道具は、使い手の体格や用途に合わせて微調整されていた。たった数センチの長さや重さの違いで、身体への負担や操作性は大きく変わっていく。
のこぎりを例にとれば、刃のストロークを活かしながら「引く」動作に集中することで、道具の性能がぐっと引き出される。身体も自然とそれに合わせて動く。これは単なる“使い方”ではなく、道具との協働関係が成り立っている状態だ。
私は、工芸の技術を教える傍ら、民具や山での素材採取を通じて、道具と身体の関係性を探っている。道具は単なる手先の延長ではなく、“もうひとつの身体”として、私たちの動きや感覚を補完し、導いてくれる存在だ。
力任せではない、自然な協力関係。道具の特性を知り、自分の身体と呼吸を合わせていくこと。そのプロセスの中に、失われつつある身体技法の手がかりが、たしかに息づいている。